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ベアーズ誕生の
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矢口さん:月山 私(BEARS:矢口)はスキーのオフトレとしてランニングを取り入れていたが、スキーコーチ仲間の薦めで1978年頃からバイク、スイムもトレーニングに取り入れるようになった。エアロビクス(カバー)その頃たまたま書店で見つけた『エアロビクス:新しい健康づくりのプログラム/著者 ケネスクーパー博士』という本を読み、トレーニングとして取り入れているスイム、バイク、ランが生涯スポーツとして非常に有効である事を知る。
 1985年4月下旬、春スキーで出かけた山形:月山の姥沢小屋で第1回宮古島トライアスロンがTV放映されていたのを今でも鮮明に憶えている。
1989コナ空港にて スキーのオフトレとして、'86年から競技としてのトライアスロンを始め、1989年10月、仕事でリゾートの取材と仲間のアイアンマンハワイ出場の応援を兼ねてハワイ島に出かけ、ケンズの飯島健二郎氏、田中宏昭氏(現在トレーナー)、国武氏、マネージャーの沖野さん、元小守スポーツマッサージの森さんと知り合う。帰国してすぐ沖野さんよりオミノ氏を紹介され、初めてオリジナルバイクを購入、トライアスロンチーム結成に強い意欲を持つようになった。
デイブ・スコットvsマーク・アレン(1989IronmanHawaii)

                    (右写真)
                   右から、飯島さん、矢口、
                            沖野マネージャー、
                            田中さん、森トレーナー



(左写真)
ラン10km地点。左23番は神様デイブ・スコット、5番はマーク・アレン。サイド・バイ・サイドで死闘を演じるも、ラストで神様デイブをかわしマーク・アレンが初優勝を飾る。これ以降、マーク・アレンへと時代は変る。(photo by Yaguchi:1989)
 又、友人の石井氏(元ICI石井スポーツ常務)、自分の勤務する椛u環境計画がチーム結成に支援を表明してくれた事、飯島氏、小美野氏、小守スポーツマッサージ:奥村さんの応援があったり、当時、東大の学生だった市岡・本間君も一緒にやりたいと申し出があったことなど、トライアスロンをチームとして始める環境が整ったこともあり、1992年8月、友人が経営する長野県大町市青木湖のロッジ珈楽待をベースにして、始めての合宿を開催「スキ−とトライアスロンのチーム」“がんばれBEARS”がスタートした。

BEARSロゴ(ワンポイント)BEARSロゴ(横長) BEARSの名前の由来は私がスキーを始めた長野県:戸隠高原プロスキースクールでニックネームとして呼ばれていたのを、元電通イラストレーターの指田隆行氏が無償でロゴ・イラストのデザインを買って出て下さって出来あがったものである。
 1992年6人でスタートしたBEARSは現在、選手12名(1人はシカゴ在住)+マネージャー1名の計13名となり、スキーでは元プロスキーコーチ1名、準指導員1名、テクニカルプライズ取得者1名、1級取得者2名、2級取得者1名の有資格者、トライアスロンでは市岡隆興というハワイアイアンマンで活躍する選手を輩出するようになった。

北アルプス山麓 Adventure Games 2001へ 近年は、スキーとトライアスロンだけでは飽き足らずアベンチャーレースにも積極的に参加、2000年から「北アルプス山麓 Adventure Games 2001」のスタッフとして企画運営に関わり、仁科三湖縦断アドベンチャーSWIM&RUNへ更に、今年2003年8月には、トライアスロン元全日本チャンピオンの中山俊行氏をアドバイザーに迎え「仁科三湖縦断アドベンチャースイム・ラン」も企画運営するようになる。

こうしてBEARSはアウトドアスポーツの魅力を広くアピールしながら仲間と交流し余暇活動として楽しんでいる。

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BEARSのアルバム 1994.4.24 クマジィ、宮古島ストロングマン46歳の初挑戦!
1995.9.30 第10回 Kappa駅伝 (総合2位)
1998.11.1 ケンズカップ (リレー部門優勝)
イッチーIRONMAN HAWAIIの軌跡