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ベアーズの日記帳
 2005.8.20 市塾 Shiggy's Report 『ザ・生還 U』
                                                   市塾 『南アルプスの修行』 はこちら
プロローグ

「タマ、痛くなったのはいつから?」

若い女医に、グリグリとタマをまさぐられながら、しげるは痛みに耐えていた。

慶応病院泌尿器科。

変な病になる心当たりは・・・たぶん・・・いや、絶対ない・・・はずだ・・・。

あろうことか、昨夜から、右タマが腫れあがり、走って揺れる度に疼痛が走る。

「うーん、睾丸捻転ではなさそうね。捻転していると、一刻を争うから。最近、過度に運動しすぎたりしてない?」


過度な運動・・・。

急にタマをひねり上げられ、クラクラと眩暈がした。

世界が回り、誰かの声がハウリングしている。

(しげるさぁぁん…)

(しげるさぁぁん…合宿ですよぉぉ…)

にこやかな好青年の顔。

こっ、この顔は…。

い、い…ち。

そうだ、明日から蓼科で、市っちゃんと合宿の約束だったっけ。

突然、去年、凍死しかけた時のことが、フラッシュバックした。(The 生還 partT参照)

あの時もそう、こんな市っちゃんの声で起こされたっけ…。

我に返って、じっと股間を見据える。

タマに、「生還」という文字と市っちゃんの笑顔が交互に明滅していた。


招待状

タマ痛で、合宿を断念した翌週金曜午後、寝込んでいたしげるの携帯メールが、鳴り響いた。


今晩発で南アルプス行くかも。いっしょにどうですか?まだだめですよね。
---------------
あいまい計画ですが。
一人なら、厚木を12時〜1時頃に出発して、夜叉人スターと3時。
鳳凰山、甲斐こま(+仙丈)、白州(or広がわら)へ下山かな。
(山で一泊すれば、仙丈-あいの、北だけでぐるっとまわれるが)

いちおか


読み終わるか終わらないうちに、病み上がりのタマは急激に縮みあがり、しげるは気を失った。


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数時間後の午前2時45分。

しげるは、市っちゃん、円井さんと共に、南アルプス、夜叉神峠登山道入口に立っていた。

意識が戻った時には、なぜか高速道路でハンドルを握らされており、車中では、ちょうど魔術師市による、恐ろしい計画が明らかになっていた。

「夜叉神→鳳凰三山→北岳→間ノ岳→仙丈ヶ岳→甲斐駒ヶ岳→白州。コースタイムは、えーっと36時間くらいか。ということは、10時間でいけるね。ゴールは白州に15時」  

どこをどう計算したら、そういうタイムが弾きだされるのか。

だが、これこそが、魔術師の方程式なのに違いない。

しげるは、ただ操り人形のように、アウアウと口を動かすしかなかった。  


今年に入り、個別ではあるが、北岳・間ノ岳、鳳凰三山、甲斐駒とすでに4,5回南アルプスを走っていたしげるは、いくら市獄長でも、あり得ない設定タイムだと思った。

北アルプスと違い、南アルプスはそれぞれが独立しており、尾根づたいに連なっていない。

為に、ほとんどの山で2,000m近くの標高差を登って、下って、また登ることになる。

市っちゃんの言うルートだと、それを3回以上も繰り返さなければならない。


南アルプスの山の深さは、実は北アルプス以上なのだ。


円井さんも、一体、この人何を言い出すんだろうという顔をしている。

「えっと、市岡さん、それは明らかに無理です。地図上で48時間はかかります」

「へっ?そんなにかかる?おかしいな」

と言いつつ、行けるのにな、ホントは。といたずらっ子のような顔をしている。


ともあれ、山岳レースで数々の優勝を誇る二人との走力差は歴然としていたので、しげるは5分先にスタートする事となった。


夜の森


パキッ、ガサガサ。

…。

鬱蒼とした夜の登山道は、やっぱり不気味だ。

早く、二人が上がってこないかと何度も振り返る。

なるべくオバケのことは考えないように。

20分もしないうちに、二人はにこやかに駆け上がってきた。

ほどなく着いた、夜叉神峠小屋で記念撮影をした後は、当然のごとく置いてゆかれ、完全に夜の森を独走状態となった。

だがこれが、二人との最期の顔合わせになるとは、思ってもいなかった。

そう、この時は。


予兆


市岡・円井組  夜叉神→鳳凰三山→北沢峠→仙丈ヶ岳→北沢峠→甲斐駒ヶ岳→白州 
or 時間次第で北沢峠からバスで夜叉神へ下山

しげる     夜叉神→鳳凰三山→広河原→バスで北沢峠へ移動→仙丈ヶ岳→北沢峠→甲斐駒ヶ岳→白州 
or 時間次第で北沢峠からバスで夜叉神へ下山

これが市獄長、妥協の上にひねり出された、当初の計画であった。

しかし、このプランは出だしの鳳凰三山を走破したところから、あっけなく崩壊する。

鳳凰三山は南アルプスの入門コースでもある為、地図上のタイム設定が甘く、二人はコースタイムの1/3で走破。

これでは刺激が足りないと感じた獄長“市”は、無謀だと主張する円井さんにも魔術をかけると、行程に北岳・間ノ岳ルートをプラス。

一方のしげるは、夜の白鳳三山(北岳・間ノ岳・農鳥岳)にかかる満月や夜明け前の富士の余りの美しさに、すっかり目を奪われ、酔いしれていた。

荘厳とか幽玄という言葉は、こういうところの為にあるのだろう。

孤高の2,500M。

紺碧の夜明け空に、左に満月が沈まんとし、右には、太陽が昇らんとしている。

そのほんの僅かな時間。

光と闇のはざま。

空気が深と締まり、澄み渡っていく。

白雲が低く、流れるように走る。

草や森が、日の出と共に、一斉に吹きだそうと、むせ返るような精気を大地いっぱいに張り詰めさせている。

こぼれた精気が、樹液や草の青臭い匂いとまじりあって、鼻腔に流れ込んでくる。

二つの空。

藍色が融けだして、丸い月の色を青に染めていく。

産卵寸前の鮭のお腹。

赤銀の空。

体の水分が炭酸に変わる。

自分の中にどんどんエネルギーが溢れ出すのがわかる。

そんな場で立ち止まらずにいられようか。

すべての条件が揃った、こんな夜明けは生きている間に、なかなか出会えるものではない。


北岳にかかる月の煌き


夜明け前、雲海に聳え立つ富士


尾根に出る直前の展望台に留まって、100枚近くも写真をとりまくり、あっという間に貴重な20分あまりを浪費。

朝焼けの薬師岳、観音岳、地蔵岳の鳳凰三山を越えて、ようやくカメラをしまい、マジメに走り始めた、はずだった。


御来光見物の一般登山者も、鳳凰三山のラスト地蔵岳まではチラホラいたが、

そこから先は岳人に会うことはほとんどなく、やがて、登山道も序々に荒廃を始める。

それと共に、頭に思い描いていたタイム設定はじりじりと後退していく。

道がいきなり消えたり、藪をかき分けてのルート復帰を強いられ、苦戦。


白鳳峠から広河原にいたる下りでは、やたら滑りやすい石に悩まされ、スリリングなダウンヒルとなった。

人の入っている道の石と入っていない道の石では、格段に滑り方が違う。

通常、リズミカルに接地時間を短くタタタタと忍者ステップで下れば、そろりそろりと下るよりも速く、安全に、スリップせず駆け下れる。

しかし、そうしたテク高等ニック技術を持ってしても、細心の集中を払わないと、あっという間に滑ってしまうほど、ワイルドなガレ場だった。

コースタイムの半分以下で、広河原に駆け込んだ時には、思ったよりも消耗し、ヒザも大分抜けてきてしまっていた。


嫌な予感がしていた。


いつも山に入る時に感じる、“気”だ。

その山が自分を歓迎している気か、拒絶している気。

山の機嫌が悪い後者の場合、ほぼ100%、その山行は峻烈なものとなる。

登頂できないことも起こる。

それは、山が主張しているだけではなく、自分の内面にある何かが、待ち受ける未来を察知して、行くな、と働きかけてくる、ある種の直感だ。

これまでの人生、ほとんどの危機局面において、その感覚が間違っていた事はない。

実際、何度もしげるはその予感じみたものに救われてきた。


閑話休題


さて、しばし、たわいもない話をしよう。

“直感”のお話。

マア、山も人生もお話もまだまだ、これから先長いのだ。

のんびりいかないと。

ここからは、しげる自身に、話を語ってもらう事にする。

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話は大学時代、タイ、プーケットで張った個人合宿までさかのぼる。

トライアスロン合宿を打ち上げ、一路バンコクへ戻ろうとしていた朝のこと。

おんぼろ田舎バスを前にして、もくもくと、バンコクに帰るのが嫌でたまらない気持ちがわきあがってきた。

もう、胸がざわついて、いても立ってもいられない。

わざわざ、バイク自転車をバスの天井に縛って載せてくれていた為、気まぐれで再び下ろす事に、随分とタイ人労働者に文句を言われ、

下ろすのに、10バーツ要求されたくらいだ。

それでも、バスに乗りたくなかった。

昨晩から、うすうすそんな気持ちがもたげてきていたのだが、ここにきて、その気持ちは強くなっていた。


台風が接近すると、風が強くなるみたいに、いつも予感はやってくる。


たまたまプーケットで合流した雄一郎先輩から、パッポン・ナイト(バンコクの歓楽街、パッポンでのお楽しみナイトのコト)へのお誘いがかかったが、いつもと違ってまったく乗り気がしない。

単身、行き先をサムイ島に変更し、更に数日トレーニングを積むことにした。

学生の気楽さでたっぷりと練習をこなし、直接NZアイアンマンに出場する為、バンコクへ戻り、プラロップクール家へ立ち戻る。

そこには、タイの親友、アヌチャーくんの実家があるのだ。

アヌチャー君本人はとうに渡米して数年来、タイに戻っていない。

だが親友であることを口実に、何度もタイに来る度、無銭宿泊や飲食を繰り返し、気がつくと、息子同然の厚いもてなしを受けさせてもらっていた。

いつぞやは、ネパール−インドの単独ヒマラヤ登山からの帰り、門前にルンギー、クルタ姿(インドの白い民族衣装)で、

予告もなく立ち現れ、母親を仰天させてしまった事もある。

アンナプルナBC(標高4,130m 左が僕、右は山小屋にいたシェルパ)


アヌチャーの兄弟総がかりで、三ヶ月風呂に入っていない臭い体を囚人のように、ジェット水流で洗われたものだ。

自分としては、同じアジアであるタイ国ならば、インドの民族衣装を着て現れても、違和感ないと自信を持っていた。

だが、それがタイ国においても、とてつもなく異様な風体であり、かつ、地元の古い葬式の服装であったことから、

疫病神か、発狂した乞食が現れたかと、最初、思われたらしい。

インドでやりすぎたハシシの後遺症か、こりずに同じ格好で成田新東京国際空港に降り立ってしまい、税関で別室に連行され、

麻薬取り調べを受けることになるのは、また別の話としよう。


アヌチャーのお姉さんジヤパは、門前に現れた僕の顔を見るなり、泣きそうになって抱きついてきた。

「サイトー!お前の乗るはずだったバス、ガケから落ちて、白人が一人死んだって。生き残った人も重症みたい。運転手は逃げちゃった。雄ちゃんも、鼻、骨折して、大変だったのよ!パイロットなのに大丈夫かしら?」

雄一郎先輩は、JALのパイロットとして内定していたのだが、自分も乗るはずだった、その田舎バスに乗って、事故に巻き込まれたようだ。

なんてこったい!


以来、同じような直感がしたにもかかわらず、気づかないフリをして敢行した時は、悪い状況に陥いるのが常であった。

分析した時に直感は思考になる。

わかっているのに回避できないのは、人とは逆で自分の場合、感じる力よりも、考える力で、物事を判断した時だ。


決断

話を戻そう。

今回は、行く前からわかっていた。

携帯メールで、「あーん、今回は、嫌な予感がするよ〜」と情けない文面を送っているのが、証拠として残ってしまっている。

バス停目前にして、バスとすれ違う。

時計は午前9時4分を指していた。

たった4分。

だが、大きな意味を持つ4分だった。

こういう数分の遅れが、山では大きなミスにつながるのだ。

ここでは、三つの選択肢があった。

やめるか、

このまま、北岳に直登するか、

ラン自走で北沢峠までの登坂、林道11キロを行き、更に仙丈ヶ岳にとりつくか、

である。

南アルプスにおいて、未踏峰は仙丈だけだった。

仙丈は、どの登山口からのアプローチでも最深部にあり、ルートの組み立てが難しい。

かたや、日本第二位の高峰北岳への登山口は今いる広河原が出発点だ。

八本歯のコルと呼ばれる急登をゆけば、かなりのいい練習にもなる事も以前の山行からわかっていた。

終バスの時間も広河原アウトならば、16時30分まで猶予がある。

もし、仙丈に行き、北沢峠アウトとなると、あちらの終バスは15時30分。

ここからでは、距離、時間も北岳ルートより余計にかかる上に、夜叉神峠登山口に帰還できるギリギリの制限時間も、1時間も短くなるのだ。

あえて、制限時間オーバー覚悟で、仙丈を登り、バスで夜叉神に戻らず(というか戻れない)、

そのまま、更に甲斐駒ヶ岳を越えて白州に至るオプションルートもあったが、

疲労が出てからのランで、日暮れまでに白州にたどりつく事は、不可能と思われた。


そして、明らかに仙丈ヶ岳は自分を受け入れていなかった。

山からは、来るな!

自分の中からは行くな!

そんな感覚がもう、ビシビシ当たってきていた。

逆に北岳・甲斐駒は、機嫌よく、とても自分を受け入れてくれているのを感じた。

しかし、仙丈は自分の中でやり残した主要南アルプス最後の山だ。

どうしても踏破しておきたい誘惑が強く自分を駆り立てる。

もともと、ひらめきで動くタイプの自分が、うだうだ長考する時、ロクなことにならない。

よし、仙丈を制覇するぞ!

市っちゃんも円井さんも、仙丈に向かっているのに、自分だけこんな所で尻尾を巻いて帰るわけにはいかないのだ!

やうやく、感じる“なにか”を心の隅に蹴飛ばす事に成功し、重い気持ちと体にムチ打ちながら、のろのろと南アルプス林道を走り始めた。

50分ほど前に市・円井組が同じ広河原に下り、今は北岳にとりついているとは露知らず。


野にニョッキリと顔を出したキノッピー


南アルプススーパー林道


スーパーという語感からくる、整備された安全な舗装路というイメージ。

それは完全なるフェイク。


南アルプス林道(開通当初はスーパー林道と言った)は山梨県中巨摩郡芦安村と長野県上伊那郡長谷村を結ぶ全長57.6Kmの長大なる林道である。

(今回入った山梨側、夜叉神峠−北沢峠間は全長34キロ)

1952年に着工され1980年に開設されたが、現在では夜叉神ゲート以降は一般車両が規制されており、バスだけが輸送手段となっている。

自然保護の観点からというのが、表向きの理由であるが、僕はこの林道をつぶさに走ることによって、その真の理由を理解した。

崩落に次ぐ、崩落である。

崩落によって、車が潰される、崖から車が転落するなどの事故が2年前に多発したことによって、完全に一般車両は締め出された。

夜叉神ゲートには、銃こそ持たないが、いかめしいボブ門番が立ち、定時以外は、重く頑丈な鋼鉄のゲートで固く閉ざされる。

自転車・歩行者ですら、通行することは、現在、まったく許されない。


 


林道を取り巻く絶景は、山、また山の連続である。

山側は、オーバーハングにそそりたつ岩稜、谷側は所によって、一気に1000mは、断崖が落ちる。

つまり、南アルプス林道とは、山腹にコンクリートの戸板を渡したようにあつらえられた渡し道であり、恒常的なメンテナンスがなければ、とうに

崩壊している道だ。

それでも、あちこちに崩落による落石が転がっている。

広河原を後にし、野呂川を左に見ながら登っていくと、覆い被さるようにそびえる岩稜のそこかしこに、大きなクラックが入り、

大岩が微妙なバランスを保ちながら、かろうじて崩落を踏みとどまっている。

ピシッ、ピシッ、という亀裂の入る音が、微かだか確かにどこからか聞こえる。

さながら、ディズニーランドのビッグサンダーマウンテン。

だが、こちらは本物で、延々と続くのだ。

スリルなんてもんじゃない。

尾根を登っているほうが余程、安心できた。

林道が安全というのは、ルートを誤る危険性がほとんどないだけであって、そこにあったのは、言い知れぬ閉塞感と危険な気配であった。

心よりも肉体が先に危険を察知して、知らぬうちに鳥肌が立つ。

昼であるのに、暗い。

ギラギラとした太陽が肌を灼くほどなのに、この山塊はどの山岳エリアよりも、重い何かが漂っている。

この林道から、見上げる山の大きさ、奥行きの深さは半端ではなく、上るにつれ圧倒的な威圧感を覚えさせられるのだ。





灼熱の太陽にさらされて、ハイドレーションバッグの水はあっという間に空になった。

野呂川出合に出る手前の崖下に、滝が落ちているのが目に入る。

ガラガラと石を落としながら、水場まで下った。

ゴクゴクと喉を鳴らして、頭ごと水に頭を突っ込み、飲みに飲む。

キーンとした渓流の冷たさと水の旨さが全身にしみわたり、渇き切った細胞の一つ一つに、水がゆきわたっていくのを感じる。

朦朧とした意識が、一瞬にして冴えてゆき、こわばっていた筋肉がゆるむ。

そのまま裸足になって足をつけ、ふくらはぎをつけ、ついに腰まで水に入った。

長時間の走行でむくんでいる足にビクビク電流が走る。

瞬間的に、ひっくり返り、20秒間の睡眠を貪った。

息を吹き返し、よれよれと林道に登り返すと、なんとすぐそばの道端に野生いちごが咲いているのが、目に飛び込んできた。

気がついた時には、もうぱくぱくと食べてしまっていた。

あーん、おいちい!

こりゃ、ほんとうに、神様からの贈り物だあー。


むほー!


北沢峠手前の分岐まで11キロの登坂。

たっぷりと1時間50分もかかってしまった。

鳳凰三山で使った足は、180kmバイク自転車を終えた後のように疲弊しており、仙丈二合目に出た時には、

時計はすでに午前11時30分を回っていた。

補給食を取りながら、腰を下ろし、地図を広げる。

北沢峠終バス、午後3時30分までに、北沢峠(標高2,030m)− 仙丈ヶ岳山頂(標高3,033m)をピストンする。

つまり、3時間45分で、走破しなければならない。

地図上のコースタイムは7時間。

仙丈が最初に越える山であったならば、確かにコースタイムの半分でいけただろう。

だが今の自分の消耗した足では、それはかなり無謀な読みだ。


ここで、もう一度、考える。

@ そのまま、バスに乗って夜叉神ゲートへ撤退する。

A 仙丈はやめて、甲斐駒へ登り、そのまま白州へエスケープする。

その時の選択順位は、甲斐駒ルート(ベスト)夜叉神ルート(ベター) 仙丈ルート (最悪)であった。

そして、ここに至るまでの道中で、決めていたこと。

午前11時を過ぎた場合は、仙丈へは登らず、エスケープルートを選ぶこと。

すでに30分もオーバー。

だが、最終的に、仙丈ルートに行くことを決めた。

なぜか?

今回の自分のテーマが、未踏峰、仙丈の征服だったからである。

他の3000m峰を何度制覇しても同じ。

仙丈を制圧しなければ、意味がない。

なぜか憑りつかれたかのように、その一点に執着していた。



1996年5月に起こったエベレスト登山隊の大量遭難。

死亡者の中に、47歳の日本人女性、難波康子さんが含まれており、大きく報道された時のことを覚えている人もいるのでは、ないだろうか。

その時の模様を詳細に書き記した、「デスゾーン8848M」の著者、アナトリ・ブグレーエフ(生還した山岳ガイド)も、遭難の原因として、

あらかじめ決められた帰還時間を守る者が誰一人いなかったことを指摘している。

この取り決めは、午後3時を超えた場合、それが、たとえエベレスト頂上1m手前であったとしても、引き返す、というものであった。

だが実際は、強度の高山病にやられ、目もろくに見えなくなった者までもが、頑強に頂上に立つことを主張する。


エベレストと仙丈では、その登頂の困難さも変ろうが、そうした部分を抜きにしても、

山には、ここで行けば必ず危険を招くと、明白に感じられるにもかかわらず、道に踏み込ませる、“魔”が潜んでいる。

いや、潜んでいるのは、“山に”ではなく、“人の心の中に”なのかもしれない。


仙丈ヶ岳

予感の通り、仙丈への登坂は、苛烈なものとなった。

走り始めて8時間35分、もはや、ジョグで登るのが精一杯、コースタイムの半分で走ることなど到底できなくなっていた。

仙丈ヶ岳は、小仙丈、大仙丈と呼ばれる小ピークを超えた、最奥にある。

実にアプローチの長い山であることを悟ったのは、小仙丈を前にした、尾根に出てからであった。

黒雲が、どんどん南西から涌き上がっていた。

そして、ついには小仙丈を登頂したあたりから、ガスが視界を阻み始める。

雲の中は寒い。

ハートレートモニターは、午後1時30分過ぎを指している。

今、折り返せば、間違いなく、午後3時30分の最終バスに間に合う。

だが、苦しんで登ってくればくるほど、ここまで苦労して来たのに…という思いが強くなり、やはり引き返せなかった。

遭難死する典型的なパターンだ。

ガスは次第に、大粒の雨に変わり、視界は10mを切った。

もはや、下山者にもすれ違わない。

行けども行けども、仙丈の頂きは見えず、ルートを誤ってしまったのではないかという不安にさいなまれる。

振り返ると、ガスの切れ間から、遠くにピークが見え、行き過ぎてしまったと、突き落とされたような気持ちになる。

だが、しっかりと地図を見返し、そこが仙丈山頂でないことを確認。(大仙丈という前ピークであった)

視界は2メートル。

猛烈に叩きつけてくる冷雨に、岩陰にもぐりこんで、緊急のビバーク。

尾根上に出た為に、幸い携帯電話が使用可能になり、地上部隊、甲府基地の阿部ちゃんにSOS。

「あー、こちら、しげるです。今、おそらく仙丈直下にとりついているはずと思うのですが、ガスがひどくて、視界もほとんどなく、おまけに横殴りの雨です。この時間と状態だと、もう終バスは絶対に間に合わないので、最悪、山小屋に泊まるかもしれない。ともかく、登頂して、北沢峠まで下ってから、どうするかまた連絡いれます」

「大丈夫ですか?気をつけて、無理しないで下さい。市岡さんから連絡入ったら、伝えます」

阿部ちゃんの声を聞き、ほっとして自分を取り戻す。

自分は、一人ではない。


膝下の視界が比較的あることに気がつき、かがむようにしていくと、ルートを示すガイドロープを発見。

それを見失わないようにして、登っていく。

雨が小ぶりになり、風が辺りのガスを飛ばしたその先に、いきなり、仙丈ヶ岳3,033mの標識が忽然と現れた。

わずか5m手前に迫りながら、風でそれが現れるまで、山頂だとはまったく気がつかなかった。





「やたーっ!」

ついに、これで南アルプスの主要な山は走破したのだ。

鳳凰三山、甲斐駒ヶ岳、北岳、間ノ岳、そして仙丈ヶ岳。

制覇したとなれば、こんな状況の3,000m峰に長居は禁物。

転げるように、駆け下る。

足のバネは完全になくなり、ほどなく下りを走ることが、ひどくつらくなった。


ところが、仙丈は、征服された途端、あれほど嫌がっていたベールを脱ぐことを、いきなりやめ、青空さえのぞかし始めた。

対面にそびえたつ甲斐駒ヶ岳の純白の肌は、ほんのりと淡いピンク色に染まり始め、

あたりは時折、風が渡る以外、まったく音という音がなくなってしまったかと思うほど、

深閑と張り詰めた静寂に満たされていた。





北沢長衛小屋

夕方午後4時35分。

山では決して早い時刻ではない。

午前2時55分に走り出し、山と格闘を始めてから、13時間40分が過ぎようとしていた。


仙丈から、北沢峠まで下山を完了した途端、ほっとして、気力が急速に萎えていくのがわかった。

疲労、空腹、睡魔、渇き に加え、忍び寄る夜の気配に、ついに山小屋泊を決意する。

だが、最も近い、長衛荘ではなんと、団体貸切満員で宿泊を断られてしまった。

50人近いおばさん軍団が小屋を占拠し、大声でカラオケを歌っている。

登山者を断る山小屋なんて聞いたこともない。

山小屋は、避難小屋の特性も帯びている為、本来こんなことは、絶対にあってはならないことなのだ。

仕方なく、そこから15分ほど渓流を下ったテン場の脇に立つ、ボロボロのほったて小屋へ走る。

それが、長衛小屋だった。


長衛小屋


「本日団体貸切!宿泊お断り!」

あろうことか、ここにも、紙が貼られている。

おずおずと中に入ると、はたして天井が低い上に、鬱々として暗い、狭苦しい山小屋であった。

宿泊の旨を伝えると、アルバイトのおばさんは迷惑そうな顔で奥へひっこみ、なにやらボソボソと話をしている。

「一人なら、いいですよ」

「ああ、そうですか、助かった。あと、ここらで携帯電話の通じるところ、ないですか?」

「尾根まで登るか、夜叉神までいかんと谷合は一切、電波入らんよ。そこにある、公衆電話使って」

見ると、テレカ1500円で(500度のもの)販売してます、との張り紙。

「あ、そうですか、僕、テレカの持ち合わせがないので、売ってもらえますか?」

「売り切れです」

「えっ…実は、仲間と離れてしまって。合流ポイントに今日中に戻らないと、向こうでも大騒ぎになると思うんですよ。体力は、人間とは思えない異常な人達だから、捜索に出るかもしれない。二次遭難になっても困るので、どうしても電話をかけたいんです。もし、よろしければ、山小屋にある電話を使わせて頂けませんか?使った分以上のお金払いますので…」

おばさんは、迷惑そうなひきつり笑み浮かべて再び、奥に引っ込むと、今度は小屋の主らしき親父が、のっそりと現れた。

「だめだ、だめだ。テレホンカードなら、上の長衛荘でも売ってるよ。そこまで、買いに行けばいいだろ」

上までは20分ほどまた山道を登らなければならない。

しかし、それが果てしなく感じるほどに、疲れ果てていた。

それに、先程の様子では、きっと上でもテレカは売り切れているに違いないと直感的に思った。

「では、結構です」

そのまま、小屋を後にする。

「あ、あの、泊まりは…」

あたふたとアルバイトのおばさんの声がするが、黙々と外へ出た。

山はすべて自己責任だ。

だから、この状況を作った自分がすべて悪い。

電話が借りられなかった事自体に特段、腹も立たなかった。

ただ、小屋そのものに泊まりたくなくなった。

仕方がない。

こうなったら、とことん行こうじゃないか。

夜になろうと構わない。

どんなことをしてでも、自力でこの山塊を出るのだ。


だが同時にそれは、究極の選択を強いられることになった事を意味していた。

すなわち

@ 薄暗くなった山道を仙水峠経由ルートで、甲斐駒ヶ岳へ登頂。そこから、山を大きく越えて、白州登山口へ脱出する。

A 夜間でのルートロスト、滑落の危険性を考え、再び林道を使って、封鎖された幾重ものゲート、20以上のトンネルを突破し、34キロ先の夜叉神峠駐車場まで生還する。

強烈な賭けであった。

一度、甲斐駒にとりついたら、そこから先は山向こうの七丈小屋まで、一切のエスケープルートも退避所もない。

甲斐駒の北東側の黒戸尾根ルートは、危険な岩稜ルートだが、今年に入り幾度も走破しており、

豆ライトとペンライトの明かりだけでも、なんとか突破できそうに思えた。

南アルプスでは最も大好きな慣れ親しんだコースであり、登頂してから黒戸尾根に出さえすれば、むしろ未体験の夜の林道を行くよりも、安全ではないか。

問題は、未体験の仙水峠−甲斐駒山頂間のトレイルだ。

自分の疲労状況は、抜き差しならぬ厳しいレベルになってきていた。

特に、睡魔がすごく、歩きながらも眠ってしまうという繰り返しであった。

この状態で、一気に1300Mアップの未踏岩稜ルートの登坂、そして、日本三大急登の一つであり、

アプローチの長い黒戸尾根を豆ライト二つで、深夜下るのは、一歩踏み違えれば、死につながる。

心身の疲労、夜間のルート確保を考慮すると、7,8時間はかかってしまうと踏んでいた。

すでに午後5時を回っている。

登頂は、午後7時から8時、3,000mの山頂に着く頃は、間違いなく漆黒の闇の中だ。

体力と気力が持ったとして、白州には、夜中の12時から1時。

夏とはいえ、未踏ルートを含む岩稜地帯に、深夜の単独行をかけるには、夜間山行の経験が浅いように思われた。

もう一人、仲間がいたら、間違いなく、甲斐駒ルートに行っていただろう。

後に、市っちゃんも、2時間ほど前に、このルートを使って、20時に白州へ帰還していた事が判明している。

だが、それは、鳳凰三山、北岳、間ノ岳を走破しなお、5時間もかからずに甲斐駒を突破できる、超人的な走力があったればこそ、成し得た技だ。


残された、もう一つのオプション。

林道ルートならば、道をロストすることは、ありえない。

しかも、全部下りである。

もし、抜き差しならぬ事態に陥っても、途中の広河原には、広河原ロッジという退避ポイントが残されている。

生存率の高いチョイスをしたつもりだった。

だが、夜の林道とは、どのようなものであるのか、僕はこの時、まだ知らなかった。


夜叉神へ

空の色が、青を再び藍に染め変え始める頃、僕は夜叉神峠へ向けひた走っていた。

ソロモンのトレランシューズの中で、足はパンパンにむくんでいる。

下りだというのに、走ることがつらい。

かれこれ、走り始めて16時間。

夜に走り出し、また夜がやってきていた。

越えても越えても、終わりのない山。

頭上にのしかかる巨大な岩盤は、日没と共に陰影を増し、厚みを更に感じさせる。

前方に20mほどの赤い小さな橋が見えてきた。

「三好橋」

大絶壁の続く、山腹沿いの道にかけられた、凄みのある橋である。

橋の下は1000メートルは落ちているだろう。

覗き込むと、貧血を引きおこさんばかりのすさまじい大谷が眼下に広がる。

巨大な山塊と山塊の間を、灰白色のコンクリートで固めただけの橋。

鉄骨が渡されているのだろうが、今にも真ん中からボキリと折れそうに、頼りない。


横に切り立つ垂直の岩壁は巨大な沢を形成し、滝が流れ落ちる。

谷底に呼び込まれてしまいそうだ。

谷から突風がゴウゴウと吹き上げてくる。

とその時だ。

パアアアン!

何かが足元で炸裂した。

硬質な炸裂音は、大気を弾き、バチバチとあたりに乱反射して、体に痛いほど音波が突き刺さる。

耳がキーンと遠くなり、反射的に頭を押さえて、橋の真ん中でうずくまった。

橋が崩壊した。


そう、思った。

谷底からゴーン、ゴーン、ガラガラガラという音が響き、最後にガーンという恐ろしい音がこだました。

足元は…しっかりしている。

橋は・・・無事のようだ。

おそるおそる、あたりを見回す。

そそり立つ岩稜のひだが、赤黒く錆びた巨大包丁のように、ギザギザ突き出している。

どこもかしこも、えぐり取られたようになっていて、いつどこから巨岩が崩落してもおかしくはなかった。

今の音は、至近距離に落ちた岩石の崩落音だった。

幸い、橋か林道をかすめて谷底に落ちたものらしく、無傷でいられたが、足が震え、カクンカクンと抜ける。

とてもじゃないが、道の山側を通る気にはなれない。

谷側に沿うように、上を何度も見上げながら、走り抜ける。


からだ肉体というのは不思議なものだ。

つい先程まで、足が痛くて一歩も走れない、と歩き始めていたのに、生命が脅かされた途端、

400mトラックを全力疾走しているようなペースで走れるようになるのだ。


夜の藍は、もう自分のすぐまわりまで漂い、濃縮を深め、黒が舞い降りようとしていた。


前方に黒い岩石が、道の真ん中をふさいでいるのが目に入った。

薄暗いせいもあったが、さては先の落石はこいつの仕業だったかと一人ごちる。

なにげなく近づいた、その時だった。

いきなり、岩がムクムクと立ち上がった。

全身の毛が逆立ち、毛穴が熱くなる。

鳥肌が瞬時に全身を走った。

目と目が交錯する。

ヒグマだ!

動転していたのか、トンマなのか、大きな熊を前にして、胸元のデジカメをまさぐりながら、後ずさる。

ヒグマの方はヒグマの方で驚いたのか、スタコラ逃げ出し、谷の笹薮にガサゴソ音を立てていなくなってしまった。


あとで、落ち着いて調べた結果、遭遇したのは、ヒグマではなく、ツキノワグマであることが判明した。

だが、獰猛な野獣であることには変わりはない。

あれが襲いかかってきたらと思うと、正直生きた心地がしなかった。

クマがかわいいなどというのは、ぬいぐるみ界だけの話であって、こんな野生の成獣グマに突然、闇で襲われたら、十中八九殺されるであろう。

クマの逃げ去った道の脇をすり抜ける決心がつかず、辺りをうろうろしてしまう。

まだクマが息を潜めていて、いきなり襲いかかってきたら…。

そうしている間にも、夜はどんどん深まるばかりだ。

急がなければ。

勇気を出して、一気に駆けぬける。

そのまま、完全にクマの追っ手がかからないと思われるところまで、死に物狂いで、駆けに駆けた。

追記:さらにカモシカまで現れました… Σ( ̄ロ ̄lll)


黒の呪文

夜が閉じていく。

夜が開いていく。

同じ夜であるのに、そこにある色彩はまるで違っている。

開いていく夜は、光に向って、吸い込まれるように流れていく。

閉じていく夜は、果てしない底深さでうねり、待ち受ける。





ちらちらと、テン場から明かりが漏れている。

手にはマグライト、リアクター(リュック)にくくりつけたミニライトで、夜をかきわける。

ほどなく目の前にがっしりとしたゲートが現れ、大樺沢出合、広河原に出たことが判明した。

人工とはいえ、光のぬくもりにやさしさを感じ、祈りにも似た気持ちになる。

この光を離れ、更に21キロ先の夜叉神まで、漆黒の林道を行く。

足重く、心重い。

広河原に背を向けて、一人とぼとぼと歩き出す。


大きな橋を渡り、ざれた林道の闇へゆっくりと踏み出す。

行けば行くほど、ざれざれに道は粉砕され、道はよりうら寂しさを増していた。

青白いライトにのみ立ち現れる道は、色彩を吸い込み、灰色と白の古ぼけた写真のようにしか見えない。

幾重もの、ねっとりと重い、闇の緞帳をまくりあげ、まくりあげ、暗黒の奥地へ迷い込む。

(まてよ。ざれた道!?橋?)

以前、バスでここを通った時は舗装されていたはずだ。

それに、さっき渡ったのが野呂川橋だとすれば、渡るのは、不正解。

そうだ、広河原から、林道は二手に分かれる。

奈良田へぬける県道南アルプス公園線と夜叉神峠に抜ける南アルプス林道。


ライトの明かりを頼りに地図をまさぐった。

じわっと汗が噴き出す。

ここは、奈良田へいく、さびれた林道だ。

心細さと、疲労、睡魔で、フラフラと道なりに歩いてきてしまっていた。

ルートから完全に外れた!

夜叉神につくはずもない。

夜叉神の倍はある行程を奈良田まで、一人、暗闇と踊るハメになる。

冗談じゃないぞ。

どきん。

心臓が痛いほど強く高鳴った。


闇の重さにあえぎながら、大樺沢出合までやっとの事でもどり、ライトを照射。

青白く、芦安という地名と矢印が浮き上がった。

(そうだ、ここが分岐だ)

南アルプス林道になんとか復帰したのだ。


するとほどなく、林道一杯に立ちはだかる、巨大なゲートが現れた。

「夜間通行禁止」

よく見ると自動車以外にも、ゲートの隙間から、人が入れないように、看板がぴっちりと打ちつけてある。

保安帽をかぶった男が両手を広げて立ちはだかっているイラストが入った看板。

「行ってはいけません」

看板に書かれた言葉の意味を、深く追求することは避け、無感情にゲートの下に体をすべりこませ、すり抜ける。


尾根と違い、林道はうっそうとした森林や岩盤が星明りをさえぎるが為、闇の濃さは息苦しさを覚えるほどだ。

唐突に、今度は、大きな赤い橋のシルエットが浮かびあがってきた。

谷まで突き落ちているゴウロ沢を渡す橋。

橋を関止めている巨大ゲートがライトに浮かんでいる。

またか、とうんざりした。


蒸々と熱い真夏の夜にもかかわらず、首筋がさっきから、うすら寒い。

黄色のゴアテックスを着込み、汗ばんでいるはずなのに、寒さを感じる。

ゴクリと唾を飲む音も、闇に飲み込まれてしまう。

橋を乗り越えてもまた、橋の反対側に同様のゲート。

橋の両端には、厳重な鋼鉄のゲートがガッシリと行く手を阻んでいた。





夜の黒の先にぼーっと、更に黒い巨大なものがゆらりゆらりと大きくなり始めた。

鳥肌が、波のように全身を上がっては引き、上がっては引いていく。

やがて、はっきりと、黒い巨大なシルエットは、眼前に立ち現れた。

それは

素掘りの…。

トンネルだった。

万年漏水で天井から壁、路面までもが、全面ベチョベチョに濡れている。

入口付近は水溜りだらけで、原油をながしたようにドロドロと黒光っていた。

照明などあるはずもない。

長くて、暗くて、道がカーブしているため、入口から出口が見えない
 
長いもので1,200メートル。

これより大小20数個、絶壁の至るところに、このようなトンネルが行く手に待ち受けているのだ。

岩盤をくりぬいただけの、ただれた岩盤にみっしりと覆われ、星ひとつ見えることはない。

無機的で閉塞した空間。

漆黒の闇。

トンネル入口まで100メートル。

50メートル。

30メートル。

20メートル。

ガチン。

足が止まった。

どうしても前に動かなかった。


このトンネルにひとたび足を踏み入れたら、もう二度と出てはこれない。

間違いなく戻ってこれない。

出られたとしても、二度と以前と同じ元の自分ではいられない。

そう、はっきりと感じた。

何もいないはずなのに、中で何かがひしめいている!


暗い澱みにうずくまり、人の現れるのを待つ“意識”。

尾根ならば、そこには空が必ずある。

視界はなくとも、空間の広がりを肌が感じる。

常に風が渡り、すべてを洗い流していく。


だが、このトンネルは違う。

トンネルの黒だけが、あらゆるものを吸い込むヌメリを伴って、くっきりと浮き上がっていた。

暗闇に空いた骸骨の目。

「うわあああああ」

一目散に背を向け走り出す。

背中にぞくぞくと悪寒が走る。

背中に粘りつくような重さを感じる。

それでも、走った。

走って走って、黒い尾を引いて、僕は走り続けた。


エピローグ

登山客が寝静まり、灯の消えた広河原山荘の門を激しく叩く一人の男。

事務整理を終え、床に着こうとしていたアルバイトの学生は、不審そうな顔で、戸口に立った。

「いま到着ですか!? … 泊まられますよね?」

「…」

男のただならぬ様子に気おされ、学生は宿泊名簿に記入させる事も忘れてしまったようだった。

「えっと…。何か食べられますか?…親子丼でも作りましょうか。あの、有料ですけど。…まあ、そこにかけて下さい」

がらんとした食堂の暗闇に男はぽつりと座った。

「ああ、嫌だ!暗いのは嫌だ!」

「あ!すいません。そこは暗いでしょう。そこの電気の下に座って下さい。と言っても電球1個ですけど」

学生は、ひきつり笑いをしながら言った。

男は凍りついた表情のまま、裸電球が一本つるされている一角に再び腰を下ろした。

「ああ、光だ・・・」

裸電球の微かな熱で、寒さをしのごうとするように手をかざし、光を見上げる。

ニクロム線の渦巻きが閃光を放って、男の網膜から脳に、螺旋の光跡を刻みつける。

まぶしく感じないのか、男は瞬きもせず、光源を凝視するばかりだ。

その表情は次第に恍惚となり、光をまじまじと味わい尽くす一株の植物と化したように、そのまま身じろぎもしなかった。

薄暗がりに、点いたたった一つの裸電球の光。

その光の傘のなかに、男は身を縮めるようにして全身を収めている。

黒い闇の一片でも体にまとわりついているのが嫌なようで、膝を抱え込んで光の傘の中ににじり寄る。


ゴトリ!


湯気のたった親子丼を置く音に男はビクリとなった。

そして、堰を切ったように、ガツガツと貪るように食べ始めた。

時折、おびえたように顔を上げ、窓の向こうの様子を覗う。

学生が目をやると、そこにはいつもと何の変哲もない晩、黒い墨を流したような闇が、ただ茫々と広がっているばかりであった。


あとがき

果たして、僕は本当のところ、生還したのだろうか?

最近、ふとそう思うことがある。

一体、あの出来事はなんだったのか。


目を閉じれば、今もありありと見える。

僕の歩んできた道の先にある、あの山々の頂が。

朝日を全面に浴び、あちこちに緑の息吹を立ち上らせたその頂は、圧倒的な力強さで僕を見つめている。

夜を破り、一瞬にして僕を撃ち抜き、彼方を貫いていった巨大な閃光。

無機質な黒い穴からあふれ出し、僕の何かを食いつくそうとした、どろどろした黒い闇。


あの朝の閃光を天使というなら、あの夜の蠕動は死神だ。

やがて、視界から山は姿を消し、天使と死神を内包したまま、僕は下界へと戻る。

山に行く前よりも、自分の中の直感や光を強く意識できるようになったのは、

その光を取り巻く自分の闇もまた、深くなったからなのかもしれない。


光と闇を混濁させながら、僕の心の頂は、どんどん大きくなり、

エベレストを超えて、宇宙を越えて、遥か高みへ高みへと、どこまでも続いていく。



<次回へ続く>