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ベアーズの日記帳
 2004.9.10-12 Flag Football World Cup at France

フラッグフットボール ジャパン男子は7人制、5人制のたたかいを終えて、9/14(火)帰国しました。

総参加国は、フランス、ドイツ、オーストリア、イタリア、イギリス、メキシコ、デンマーク、フィンランド、スウェーデン、スイス、韓国、日本の12カ国。
7人制で、われらが日本は、見事、Bronzeメダルを獲得。(Gold−オーストリア silver- フランス 4位- ドイツ)5人制は、惜しくも4位。(Gold−オーストリア silver- ドイツ Bronze- フランス 4位- 日本)

2m級を揃えたヨーロッパ勢を相手に、オフェンス平均身長170cm以下の日本というマッチアップでしたが、クイックネスとランプレーで勝る僕達には、そのサイズの違いはまったく感じませんでした。

むしろ、外人はこんなものか位に感じ、外人コンプレックスを感じるどころか、試合を重ねる毎に、自分達のフットボールの強さを感じていきました。
上位4チームの差は、紙一重で、間違いなく世界の4強の1角であることを実感。
外国チームが、各国全土から500人を超えるフットボーラーから、トライアウトを行い、各ポジションの最高選手12人の人間をセレクションしてきたのに対し、日本は、日本選手権優勝チーム(中野バグース)というクラブチームでの派遣での、この成績は快挙だと思います。
個々のマンパワーでは、明らかに劣るはずですが、W杯一週間前に、お互い生まれて初めてあったという、他国代表チーム員に対し、何年も血と汗と涙を流して(本当に)絆を深め合っている日本とのチームワークの差は歴然でした。

7人制では、アメフトサイズの大きなフィールドで、キッキングゲームありなど、ルールに慣れるのに手間取り、初戦のオーストリア戦を落としてしまいましたが、残りは全勝。
負けて取る銀よりも、勝ってとる銅の方が、価値があるという田村亮子の教えを胸に、銅をめぐって、ドイツと激突。
18-24、タッチダウン1本差という僅差でしたが、じっくりタイムコントロールし最後はニーダウンして、敵の息の根を止めるという磐石の勝利。
7人制での試合がない日本でも、7人制用のプレーブックをしっかり作って、練習すれば、きっと優勝できると感じました。

翌日の5人制は、Group A を イタリア、ドイツ、イギリス、スウェーデン、と戦い、3勝1敗で、ブロンズ決定戦をGroup Bのフランス。


が、その前に、事実上の、FINAL進出を賭けた、2回戦のドイツ戦のことを話しておきたいです。

14-0から、同点に追いつき、終盤 20-14(1タッチダウン差) を追い、2ed down Goal (エンドゾーンまで10yd)のチャンスで、それは起こりました。
この時は、ストロングサイドのレシーバーの僕が、メインターゲットとなっていました。
5yd outのタイミングパス、そして、ランアフターでエンドゾーンに飛び込む。
トイメンのCBが、殺到してくる寸前に、エンドゾーンの内側に足を入れ、外にはじき飛ばされる。
思わず、タッチダウンシグナルを出して、ガッツポーズをするも、主審のアレックス(仏)は手前で、アウトオブバウンズという判定。
このゲーム、サイドジャッジが、一人しかおらず、逆方向にしか審判がいなかった。
しかし、くっきりと緑の芝がはがれ、インバウンズに足跡が残っている。
猛然とレフェリーにアピールするも、判定は覆らない。それもアウェイの洗礼か。
ほんとうに、あり得ない判定でした。
僕自身、エンドラインのパイロンを確認して、自信を持って、足を入れましたから。
あとで、スカウティングビデオを巻き戻して確認しましたが、明確に足が入っていました。
残る2回の攻撃で、このあとの残り1yd をとれず、攻撃権はドイツへ。
残り時間は秒を刻みだす。
タイムアウトを使いきり、最後にオフェンスに残された時間は2秒。
命運をかけたヘイルメリーパス(イチかバチかのロングパス)も長身ディフェンダーに、インターセプトリターンタッチダウンを返され、とどめを刺されました。
本当に合戦で、敵の本陣間近にまで迫りながら、グサリと胸を刺されたような心境でした。

僕は、負けて泣いているやつが大嫌いで、勝ったときもスペシャルな時にしか泣かないのですが、生まれて初めて悔し涙というやつを経験しました。

フランス戦は、日本の意地を見せようと最後まで奮闘しましたが、惜しくもTD一本差で、敗れ4位。

世界一になることだけを考え、この一年、きつい練習を耐え、プラス、アイアンマンハワイへの挑戦も続けてきた僕にとっては、ブロンズと四位は、本当に悔しい結果でしたが、初出場にして、世界の銅メダル、そして、世界の大舞台の緊張感の中で、臆することなく、自分達の力を出し切れたことは、人生において、金では買えない本当に素晴らしい経験となりました。

W杯、心体ともに、完全燃焼しました。
すべて力を出し切りました。
この夏は一生、忘れない夏です!

思えば、僕ほど強運な男はいないと思います。
僕よりもすぐれたプレイヤーは、日本の他チームにもたくさんいるのに、この世界のフィールドに立つ事を許された5人の中の一人は自分なのです。
代表の4人のレシーバーの中で、最後の4番目のレシーバーだけど、スターターとして、最初から最後まで、試合に出られる。
だから、ここに立っていること自体が強運なんだ、おまえはやれるぞ、と、何度も何度も自分を奮い立たせて、試合に臨みました。
そして、戦ってみて・・・外国代表に対して、エース格以外なら、互角に戦えると実感できた。
高さ以外は、日本人と変わらないと。

世界を含めても、自分が36で最年長プレイヤーかと思っていたら、二番目でした。
世界にはもっとすごいやつが一人いました。
5、7人制ともに優勝した、オーストリアの白髪頭のサイズも日本人並のエースWR#30はなんと御年44歳だったそうです。
44にしてあのキャッチ、あのダイビング。
驚愕です。
でも彼に出来るのなら、自分なら、もっともっと、できるはず。そう固く決意しました。
チームで引退を決めていた仲間も、全員現役続行を表明し、少し嬉しかった。
大体、19才で引退とか言うのは、体にガタがきているとか、気持ちがとか、以前に、弱すぎ(→ウチの大学生へ)

大会中、怪我人も続出しました。
でも、そのたびにみんなが一丸となって頑張る姿を見て、熱い気持ちになりました。
チームスポーツをしていて、そしてフットボールを、続けていて本当に良かった。
僕らは、エンドゾーンを守り、エンドゾーンを目指すけど、得点以外のものがエンドゾーンには、間違いなくあったです。
それは、仲間同士が、命を賭けてでも獲りたい、守りたいもの。

控えを含めた12人の仲間、そしてフランスに来れなかったチームメイト。
僕達は合戦に行ったわけではないけれど、戦友という言葉がぴったりきます。
きっと、お互いどちらかが死ぬまで、友であり続けると思います。
子を殺したり、同級生を殺したり、それ以前に普通の人間関係だけでも、心から怒り、称え、信じあうことが出来ない時代にあって、メダルなんかよりも、僕の人生の中において、かけがえのないものを得たと思っています。

応援してくれたみんな、本当にありがとう!

フラッグW杯公式ページ  http://www.ifaf.info/

しげる

(クリックすると大きな画像が表示されます)
PS.
タッチダウン誌10月号に、超ちっちゃくですが(見開き半ページの更に1/4)、フラッグ日本代表として、メンバー全員の名前が載っています。
まさか、メダルとは思ってなかっただろうから、来月か再来月あたりは、写真入りで、大きめにして欲しいところ。
この手の雑誌のいい加減さを知っているので、大して、期待してませんが・・・。
試合後、ドイツチームとはなぜか仲良くなり、ゲームジャージまで交換しちまいました。
でもブカブカで、とても着れるシロモノではありませんでした。
ちなみに、JAPANのロゴが入ったスエットが欲しいというので、向こうの試合用パンツと交換でやったところ、なんだか、足の長い、彼らには、中パンみたいになってしまい、奇妙なスタイルでバスに乗り込んでいたのが、おかしかった!
それでは、
イコーゼィ!エイエイハー 
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Shiggy Saito 
Team URL (Football)  :  http://www2.pf-x.net/~bagus/index.html